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遺跡
紹介文
平安時代後期、奥州藤原氏により中尊寺経蔵別当の領地となった遺跡で、当時の景観が今でも確認できるんだ。
文化遺産オンライン:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/203546
国指定文化財等データベース:https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/3415
一関市教育委員会提供
昭和26年の発掘調査で、立石をともなう配石遺構が発見され、国の指定史跡になっているんだ。
樺山遺跡は立石をもたないものを含めると約30ヶ所の配石遺構があり、うにっちの故郷、洋野町西平内遺跡にも通じるものを感じるよ。
北上市WEBサイト:https://www.city.kitakami.iwate.jp/life/kurashi_tetsuduki/bunka_sports/rekishi_bunkazai/4/8832.html
北上市教育委員会提供
生森一里塚は、県指定文化財に指定されている滝沢市「日向一里塚」から4.6kmのところにあるよ。
一里塚は2基で一セット。街道を挟むように両側に立っているんだ。
時代の流れとともに、片方がなくなってしまった一里塚もあるけど、ここは2基とも原形を留めて残っている貴重な交通史跡なんだ。
雫石町WEBサイト:https://www.town.shizukuishi.iwate.jp/docs/2020040200015/
雫石町教育委員会提供
久慈城跡は戦国時代、久慈地方を治めていた久慈氏のお城だよ。当時の城の形がよく残されていて貴重なんだ。
久慈市WEBサイト:岩手県指定史跡「久慈城跡」|久慈市 (city.kuji.iwate.jp)
久慈市教育委員会提供
御堂・馬羽松一里塚は、岩手町と一戸町の境にある1対の塚で、江戸時代に旅人の道標として奥州街道の両脇一里(約4㎞)ごとに造られた塚なんだ。塚の上には遠くからでも位置がわかるように、松や杉などが植えられていたんだよ。
岩手町教育委員会提供
縄文時代中期の環状集落が見つかっているよ。縄文時代のムラの形がわかる珍しい遺跡なんだ。
紫波町提供
今から1,000年以上前の平安時代中頃に栄えた山岳寺院で、10棟以上のお堂や塔の跡が山中で確認されているんだ。
平泉が繁栄を迎える200年以上前に栄えた、北上盆地の中心的な寺院と考えられているよ。
北上市WEBサイト:https://www.city.kitakami.iwate.jp/life/kurashi_tetsuduki/bunka_sports/rekishi_bunkazai/4/8850.html
関谷洞窟住居跡は縄文時代が主体の洞穴遺跡で、土器や石器のほか、骨角器、貝製品なども多く見つかったよ。
いわての文化情報大辞典:http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist481
大船渡市教育委員会提供
奥州藤原氏の一族の居館跡だよ。平泉と同じ遺物がたくさん見つかっていて奥州藤原氏の第二の拠点ともいわれているよ。
紫波町WEBサイト:https://www.town.shiwa.iwate.jp/soshiki/5/2/4/bunkazai/town/4022.html
紫波町教育委員会提供
今松遺跡は、奈良時代の集落跡と考えられる遺跡で、遺跡内を観察すると住居跡と考えられるいくつものくぼ地が確認できる遺跡なんだ。発掘調査で出土した土器には、籾痕が付着しているのも発見され、当時の農耕の様子を知る貴重な土器も発見されているんだよ。