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遺跡
紹介文
奥州合戦で源頼朝がここに陣を敷いたんだ。斯波氏に攻め入った南部信直もここを拠点としたんだよ。たくさんの伝説も残っているよ。
紫波町提供
御堂・馬羽松一里塚は、岩手町と一戸町の境にある1対の塚で、江戸時代に旅人の道標として奥州街道の両脇一里(約4㎞)ごとに造られた塚なんだ。塚の上には遠くからでも位置がわかるように、松や杉などが植えられていたんだよ。
岩手町教育委員会提供
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鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』に記載されている奥州藤原氏の政庁「平泉館ひらいずみのたち」と推定されている遺跡だよ。
遺跡の詳しい説明
高前田一里塚は、県指定文化財に指定されている雫石町「生森一里塚」から4.2kmのところにあるよ。
一里塚は2基で一セット。高前田一里塚は2基とも残っている貴重な一里塚なんだ。通行人は、ここから葛根田川の河原に降り、浅瀬を渡って向こう岸の秋田方面へ越えたと言われているよ。
雫石町WEBサイト:https://www.town.shizukuishi.iwate.jp/docs/2020040200022/?doc_id=4305
雫石町教育委員会提供
関谷洞窟住居跡は縄文時代が主体の洞穴遺跡で、土器や石器のほか、骨角器、貝製品なども多く見つかったよ。
いわての文化情報大辞典:http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist481
大船渡市教育委員会提供
生森一里塚は、県指定文化財に指定されている滝沢市「日向一里塚」から4.6kmのところにあるよ。
一里塚は2基で一セット。街道を挟むように両側に立っているんだ。
時代の流れとともに、片方がなくなってしまった一里塚もあるけど、ここは2基とも原形を留めて残っている貴重な交通史跡なんだ。
雫石町WEBサイト:https://www.town.shizukuishi.iwate.jp/docs/2020040200015/
県内でも珍しい洞窟住居跡だよ。縄文時代の土器、石器や炉の跡、シカ、イノシシ、クマなどの骨も見つかっているよ。
紫波町WEBサイト:https://www.town.shiwa.iwate.jp/soshiki/5/2/4/bunkazai/pref/4018.html
紫波町教育委員会提供
今松遺跡は、奈良時代の集落跡と考えられる遺跡で、遺跡内を観察すると住居跡と考えられるいくつものくぼ地が確認できる遺跡なんだ。発掘調査で出土した土器には、籾痕が付着しているのも発見され、当時の農耕の様子を知る貴重な土器も発見されているんだよ。
江戸時代、盛岡城の瓦を作っていた窯跡の遺跡だよ。瓦だけでなく様々な生活雑器が見つかっているよ。
紫波町WEBサイト:https://www.town.shiwa.iwate.jp/soshiki/5/2/4/bunkazai/pref/3012.html
上境田遺跡は、今から約3,000年前の縄文時代後期の集落跡と考えられる遺跡なんだ。住居跡が環状に配置されていて、祭祀的儀式等で使ったと考えられる赤色の注口土器も発見されているんだよ。