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遺跡
紹介文
生森一里塚は、県指定文化財に指定されている滝沢市「日向一里塚」から4.6kmのところにあるよ。
一里塚は2基で一セット。街道を挟むように両側に立っているんだ。
時代の流れとともに、片方がなくなってしまった一里塚もあるけど、ここは2基とも原形を留めて残っている貴重な交通史跡なんだ。
雫石町WEBサイト:https://www.town.shizukuishi.iwate.jp/docs/2020040200015/
雫石町教育委員会提供
高前田一里塚は、県指定文化財に指定されている雫石町「生森一里塚」から4.2kmのところにあるよ。
一里塚は2基で一セット。高前田一里塚は2基とも残っている貴重な一里塚なんだ。通行人は、ここから葛根田川の河原に降り、浅瀬を渡って向こう岸の秋田方面へ越えたと言われているよ。
雫石町WEBサイト:https://www.town.shizukuishi.iwate.jp/docs/2020040200022/?doc_id=4305
豊岡遺跡は、今から約2,300年前の縄文時代晩期の遺跡なんだ。住居跡や土器・遮光器土偶が発見されている遺跡なんだよ。
岩手町教育委員会提供
南部領と伊達領との境界として、1642年に築かれた塚なんだ。おもっちみたいにビヨ~ンと長く、奥羽山脈の駒ヶ岳頂上から釜石市の唐丹湾まで130kmも続いてるんだ。
旧南部領と旧伊達領との境に、いまもたくさんの塚が残されてるよ。
北上市WEBサイト:https://www.city.kitakami.iwate.jp/life/kurashi_tetsuduki/bunka_sports/rekishi_bunkazai/4/8840.html
北上市教育委員会提供
御堂・馬羽松一里塚は、岩手町と一戸町の境にある1対の塚で、江戸時代に旅人の道標として奥州街道の両脇一里(約4㎞)ごとに造られた塚なんだ。塚の上には遠くからでも位置がわかるように、松や杉などが植えられていたんだよ。
房の沢Ⅳ遺跡は古墳時代末期から奈良時代にかけての遺跡だよ。蕨手刀などの大量の鉄製品や、黒曜石などの別地方との交流を示す副葬品がたくさん見つかっているんだ。出土品の一部は岩手県指定文化財になっているよ。
山田町教育委員会
綾里駅の前には、縄文時代に何千年も続いたムラがあったんだ!海が近くて、くらしやすい場所だったんだね。
大船渡市教育委員会提供
奥州道中は、江戸時代の前半に石鳥谷~花巻の間で道が変わるんだ。これは新しい道沿いの東側塚で、残りが良くて貴重なものだよ。
いわての文化情報大辞典:http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist494
花巻市教育委員会提供
160年前頃に鉄が造られたところの跡だよ。世界遺産になっている橋野鉄鉱山と並んで貴重な遺跡だよ。
遠野市教育委員会提供
縄文時代の人たちも、大船渡のおいしい魚や貝を食べていたんだね!魚とりの道具もみつかったんだって。
遺跡のくわしい説明
大船渡市WEBサイト:https://www.city.ofunato.iwate.jp/soshiki/kyoikusoumu/294.html
いわての文化情報大辞典:http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist115
国指定文化財等データベース:https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/3299
全国子ども考古学教室:https://kids-kouko.com/historical_site/tohoku/pref_iwate/154/