鳥海柵跡は平安時代、県内陸部を治めた豪族安倍一族の拠点の一つで、奥州平泉文化の礎といえる史跡なんだ。

鳥海柵跡空中写真
鳥海柵跡空中写真
©金ケ崎町教育委員会
4mを越える堀跡
4mを越える堀跡
©金ケ崎町教育委員会
出土した土師器
出土した土師器
©金ケ崎町教育委員会

遺跡のくわしい説明

金ケ崎町WEBサイト:https://www.town.kanegasaki.iwate.jp/docs/2017071900021/

文化遺産オンライン:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/232541


金ケ崎町教育委員会提供


詳細情報


遺跡コードNE06-0025
市町村金ケ崎町
市町村遺跡番号117
所在地西根原添下、鳥海、二ノ宮後、縦街道南
遺跡名鳥海柵跡(弥三郎館)
よみがなとのみのさくあと
時代平安・奈良
遺跡種別城柵跡、集落跡
出土遺構・遺物四面廂付掘立柱建物跡、廂なし掘立柱建物跡、竪穴建物跡、堀跡、沢跡、溝跡、土師器、須恵器、陶磁器、鉄製品、土製品、石製品、木製品、粘土塊、水晶製品
調査経歴H13範囲拡大、H25.10.17国指定史跡
文献等
文献URL
備考